寄生獣(岩明均) – 第8話「種(しゅ)」の感想

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寄生獣(岩明均) – 第8話「種(しゅ)」の感想を書きます。

寄生生物のミギーと寄生生物「A(エー)」との戦いであったが、泉 新一の身体を守るため防御に徹していたミギー。その間に、新一は、寄生生物「A(エー)」に近づき、学校の机の足(パイプ)で、寄生生物「A(エー)」が寄生された身体に、致命傷をおわせる。致命傷をおわせるが、それでも寄生生物「A(エー)」が寄生された身体は動き続ける。なんという生命力。普通の人間であれば死んでいる。しかしながら、寄生生物「A(エー)」に深傷を追わせる新一も大したものだ。普通の高校生から、地球外からきた寄生生物に恐怖するだろうに。

寄生生物「A(エー)」も、人間に殺させることはないとたかをくくっていたが、人間もやればできるのである。その後、謎のガス爆発で寄生生物「A(エー)」は死ぬ。寄生生物も不死身ではないということ。

それから1ヶ月が経過し、学校での寄生生物「A(エー)」の事件は忘れさられようとしていた。そんな頃、新一は田宮良子を殺そうと考えるが、ミギーに不可能だと止められる。その頃、学校では田宮良子の妊娠が発覚する。発覚し、職員が集まり会議となり、問い詰める田宮良子だが、「田宮良子本人をやめる」という謎の行動に出る。やめるということは、人間をやめるということだろうか。それはつまり死なのか。

学校を出ていく田宮良子。出ていく姿を目撃した新一は後を追う。学校の外で、田宮良子との話し合いになる。なぜ、人を殺すのか。

寄生生物自体、人間を食料にしなくても生きていける。このことは新一も知っていた。そして田宮良子もその可能性については感づいていた。

では、なぜ人を殺すのか。疑問だ。このシーンで、田宮良子の言い放ったセリフ。「ハエは教わりもしないのに飛び方を知っているし、蜘蛛は教えもしないのに巣のはり方をしっている。地球上の生物すべてが何かしらの命令を受けていると思う」

このセリフがとても興味深いものだった。このセリフは当たり前のようだけど、よくよく考えてみると、不思議だ。誰から教わったわけでも、昆虫たちなどは、飛び方や巣の作り方などを知っている。これはなぜだろう。DNAが影響しているのか。大人に聞いても正しい答えを解答してくれる人は、一体この世の中で何人いるだろうか。この疑問を詳しく研究していくと面白そうではあると考える。

話を戻して、地球上の生物すべてが何かしらの命令を受けているのであれば、「人間」はどうなのだろうか。何か命令を受けて行動していると言えるのだろうか。命令など受けずに、何不自由なく衣食住が揃った生活を送っている人もいる。はたまた、目的意識を持つ、または使命感や自分に成すべきことがあると考えて、行動している起業家や経営者などもいる。これらのものは本来人間がもっているものなのだろうか。見えない”神”という存在からの命令だと考える人もいるのだろうか。DNAという存在自体が、神からの命令をしるしたものだと考える人もいるかもしれない。

当たり前のようなセリフではあるが、立ち止まって考えてみると、私たちに、疑問を投げかけてくれる。これも学びである。

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